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甲府地方裁判所 昭和40年(行ク)1号 決定 1966年1月28日

申請人 近藤幹雄 外二名

被申請人 都留市長

主文

被申請人都留市長前田清明が、昭和四〇年九月一五日申請人一木昭男に対してなした懲戒免職処分の効力は、右当事者間の当庁昭和四〇年(行ウ)第三号免職処分取消請求訴訟事件の判決確定に至るまでこれを停止する。

申請人近藤幹雄、同松永昌三の本件申請はこれを却下する。

申請費用はこれを三分し、その一を被申請人の負担、その余を申請人近藤、同松永の負担とする。

理由

(申請の趣旨)

被申請人都留市長前田清明が、昭和四〇年九月一五日申請人らに対してなした各懲戒免職処分の効力は右当事者間の本案判決の確定に至るまで、これを停止する。

(申請の理由)

一、当事者の地位ならびに本件懲戒処分の存在

申請人近藤は昭和三九年都留市立都留文科大学助教授に任命され、同大学において音楽理論及び器楽の授業を担当してきたもの、申請人一木は昭和三九年四月同大学助教授に任命され、同大学において体育理論及び体育実技の授業を担当してきたもの、申請人松永は昭和四〇年四月同大学講師に任命され、同大学において日本史の授業を担当してきたものであるが、いずれも昭和四〇年九月一五日被申請人より、地方公務員法第二九条第一項第二号による懲戒免職処分を受けた。

二、本件懲戒処分の理由

申請人らに対する懲戒免職処分の理由は、被申請人から申請人らに交付された処分説明書によればそれぞれ次のとおりである。

(一)  申請人近藤についての処分の理由

昭和四〇年五月二一日の教授会において、同月二〇日の新校舎竣工式における学生の行動は学則上の懲戒の対象にならないものと認める旨の決定をし、中西学長から「市議会議長に対する回答の全体的検討の必要上、これを五月二五日の一般教授会まで秘密にすること」を出席教員全体に申し渡した。にもかかわらず学生部長、学生委員会の名において「去る二〇日の落成式当日における学生諸君の行動については、とかくのうわさが流れているが、諸君の行動は大学自治確立のためやむにやまれぬ心情にもとづくもので、学則上の懲戒の対象にはなりえないものである」(五月二二日付)の告示の起草と掲示に関係した。

(二)  申請人一木についての処分の理由

昭和四〇年五月二〇日の学生デモ以来、学生集会がしきりに行われるようになつてきたことや、当時の学内外の情勢からみて、学長は教員及び学生に対し、教授会、講堂での訓示、または学長告示等をとおして講義は厳正に実施するようしばしば通達した。にもかかわらず五月二四日第一時限の担当講義(授業科目「体育学講義」第一年次対象)を行わず講義外の学生討論会の場に供した。

(三)  申請人松永についての処分の理由

昭和四〇年七月八日学生自治会は、翌九日から同盟休校に突入することを決議したので、中西学長は混乱をさけ、かつ学生の反省をうながすため、同月九日から同月一七日まで臨時休業とすること、及び学長の許可なくして土地建物の使用を禁止する旨の告示をした。にもかかわらず、その告示を無視し、七月一〇日午前一一時三五分頃から社会科学研究室を使用した。

三、本件懲戒処分の違法性

(一)  手続上の違法

(1) 申請人ら公立大学の教員は大学管理機関の審査の結果によるのでなければ懲戒処分を受けることはなく、また都留文科大学は一個の学部を置く大学であるから右大学管理機関は教授会である(教育公務員特例法第九条第一項、第二五条第一項第三号第四号)ところ、本件懲戒処分は同大学教授会の決定を経た事実がない。

(2) 本件懲戒処分は都留文科大学の教授をもつて構成される人事教授会(同大学管理規定第五条第二項)によつて審査されたものである。しかして懲戒処分の審査に関し、必要な事項は大学管理機関が定めるべきものとされている(教育公務員特例法第九条第二項、第五条第五項)。しかるに都留文科大学にはかかる規定は存しないのであつて、かかる規定なくしてなされた人事教授会の右審査は違法である。

更に右審査は、申請人らが公開、口頭による審査を求めたのにこれを拒否してなされたものであつて、この点においても違法である。

(3) (申請人一木、同松永に関する違法)懲戒処分の審査に当つては大学管理機関は被審査者に対し審査の事由を記載した説明書を交付しなければならない(教育公務員特例法第九条第二項、第五条第二項)。ところが申請人一木、同松永に対する前記処分事由は人事教授会が同申請人らに交付した説明書には記載されていない。したがつて同申請人らに対し審査説明書が交付されたとは云い難く、ひいては同申請人らに対し、処分事由についての陳述の機会を奪つた違法がある。

(二)  内容上の違法

(1) (事実誤認)

a 申請人近藤に対する前記処分事由によると、昭和四〇年五月二一日の教授会の決定内容は、中西学長から五月二五日の教授会まで秘密にするよう申し渡してあつたのに、これに違反したというのであるが、このような事実はない。

b 申請人一木に対する前記処分事由によると、学長は五月二〇日の学生デモ以来の情勢に鑑み、教授会等をとおして講義は厳正に実施するようしばしば通達したのに、五月二四日の担当講義を行わなかつたというのであるが、学長が右の趣旨の発言をしたのは五月二五日の教授会の席上であつて、それ以前には右の趣旨の発言又は通達の事実はなかつた。のみならず同申請人は当日の授業は実施している。

c 申請人松永に対する前記処分事由によると、学長は七月九日から一七日まで臨時休業をすること及び学長の許可なくして土地建物の使用を禁止する旨の告示をしたにもかかわらず、同申請人はこれを無視し、七月一〇日社会科学研究室を使用したというのであるが、同申請人は右告示を無視したものではない。

(2) (懲戒権の濫用)

申請人らに対する各懲戒処分の事由が事実に基くものとしても、これだけの理由で懲戒免職という極刑にも比すべき処分に付することは懲戒権の濫用であつて許されない。

四、追加処分事由について

(一)  被申請人は処分事由の記載に脱漏があつたとして、昭和四〇年一一月二〇日付の「処分説明の追加について」と題する書面を申請人らに交付した。これによれば処分事由として追加された事由は次のとおりである。

(1) (申請人ら三名に共通の処分事由)

「申請人らは学生委員として学生を指導すべき職務を負うにもかかわらず、五月中旬以来学生をせん動し、無届の集会や印刷物の配布等について適切な処置もせず、みずからもこれに関係した」。

(2) (申請人一木、同松永に対する処分事由)

申請人近藤に対する前記処分事由と同一の事由。

(二)  しかしながら右のような処分事由の追加主張は許されないものであり、仮に許されるとしても処分事由追加の時期、追加された事由の内容等から見て、本件懲戒処分の効力を維持しようとする目的のみのために主張されているものであつて懲戒権の濫用である。

五、執行停止の必要性

申請人らは本件懲戒処分によつてその生計の基礎を奪われたのみならず、学問研究の途をも閉され、甚だしい損害を受けている。

即ち申請人らはいずれも給料によつてその生計を立てる勤労者であつて、都留文科大学教官としての収入以外には他に収入の途はほとんど存しない。もつとも申請人近藤、同一木両名は山梨大学学芸学部非常勤講師として週一回の講義を担当し、若干(月額約三五〇〇円程度)の報酬を受けているが、右山梨大学当局としても、申請人らの今回の懲戒処分の結果、公務員法上の疑義があるとして検討中であり、その結果如何によつては右非常勤講師としての途も閉されるおそれが多大である。また申請人近藤はNHK甲府放送合唱団の指揮者として月額七〇〇〇円の収入があるが、申請人近藤としては家族三名(母、弟、妹)をかかえており、申請人以外にはいずれも収入はない。

他方申請人らはそれぞれ学問研究に従事する者として大学を離れることは、学問研究についての最も重要な機会と便宜を失うこととなり、多大の支障がある。申請人近藤は小学校音楽教育法研究に携わる者として、初等教育学科を有しかつ附属小学校のある右大学を離れた場合、その研究を継続することは不可能となる。

申請人一木も右と同様小学校体育教育の研究が不可能となるのみならず、ことに同人は昭和三二年頃より高地における体力医学的研究(都留文科大学の位置より最も有利な富士山を研究実験場とする)を継続し、昭和四〇年四月文部省科学研究助成金(個人研究)の交付を認められ、昭和四〇年中にその研究業績を報告する義務を負うに至つたのであるが、右大学を離れた場合は右研究の中心的実験場としての富士山を利用し、大学の実験施設を利用することができなくなるため、右研究は不可能となるのである。ことに右研究には他の大学やスポーツ団体等の協力を得る必要があり、現に東京大学、日本体育協会等の協力の承諾を得ており、これがため既に実験器材(二〇万円相当)まで買入れて準備している次第であり、また昭和四三年に予定されているメキシコにおけるオリンピツク大会は、高度二、六〇〇米の高地で行われるため、申請人の研究成果がきわめて重要として期待せられている次第であるが、これらの研究は放棄せざるを得ない結果となるのである。

また申請人松永については、昭和四〇年三月東京教育大学大学院博士課程を修了しているので、速やかに博士論文を提出しなければ博士の学位を受ける権利を喪失するおそれが多大であり、このために申請人は都留大学において博士論文完成のための研究をもなしてきたのであるが、本件処分により大学を離れれば、右研究に不可欠の学界活動、図書資料の蒐集閲覧の便宜が殆んど失われ、また他面生計上の負担と相まつて、これが研究を続行することは殆んど不可能となるのである。

したがつて、申請人らとしては本件懲戒処分の結果、著しい経済的かつ学問研究上の支障損害を蒙るのであり、これを避けるため緊急の必要性があるので本件申請に及ぶ。

(答弁)

一、申請の趣旨に対する答弁

申請人らの申請を却下する。

二、本件申請が不適法であるとの主張

本件懲戒処分取消の訴訟を提起するには公平委員会の裁決を経なければならないものであるところ、申請人らが都留市公平委員会に対し本件懲戒処分につき審査請求を提出したのは、昭和四〇年九月二九日であるが、いまだにその裁決はなされていない。しかして執行停止をするには適法な本案訴訟の提起が前提要件と解すべきであり、本件の本案訴訟(当庁昭和四〇年(行ウ)第三号)は行政事件訴訟法第八条第二項の要件を欠いているから不適法であり、よつて本件申請も不適法として却下さるべきである。

三、申請の理由に対する答弁

(一)  申請の理由第一、二項は認める。

(二)  申請の理由第三項の(一)(手続上の違法)の(1)の主張に対し都留文科大学における人事に関する大学管理機関は教授をもつて構成される人事教授会であり予備的に一般教授会であるところ、本件懲戒処分は昭和四〇年七月二八日開催の人事教授会において審議決定されたものである。なお念のため、同年八月一一日教授会の決定をも経ているのであつて、本件懲戒処分は大学管理機関の審査に基づく違法のものである。

同(2)の主張に対し、本件懲戒処分が人事教授会で審査されたものであること、申請人らが公開、口頭による審査を求め人事教授会がこれを拒否したことは認めるが、その余の主張は争う。右人事教授会の審査は適法になされたものである。

同(3)の主張に対し、審査説明書を交付すべきことは認めるが、その余の主張は争う。

(三)  申請の理由第三項の(二)(内容上の違法)に関し、(1)、(2)の主張は争う。本件懲戒処分はその内容上も適法のものである。

(四)  申請の理由第四項に対し、被申請人が申請人主張のように処分理由の追加をなしたことは認める。しかし、もともと行政事件において行政処分の理由を追加主張することは許されるのであり、しかも本件の場合追加した処分事由は大学管理機関たる人事教授会において審査されたものであつて、被申請人から申請人らに対し、当初通知された処分説明書の記載に脱落があつたに過ぎないのであるから、懲戒権の濫用であるとの主張も理由がない。

(五)  申請の理由第五項に対し、執行停止をすべき必要性の存在については否認する。

(疎明関係省略)

(当裁判所の判断)

一、被申請人は本件執行停止の申立が不適法であると主張するので考えると、行政処分の執行停止をするには適法な取消訴訟が提起されていなければならないこと及び本件懲戒処分の取消訴訟は、都留市公平委員会の裁決を経ることを要するものであることは被申請人の主張するとおりである。ところが被申請人の主張によれば、申請人らはいずれも昭和四〇年九月二九日都留市公平委員会に対し審査の請求をしたというのであり、しかも同年一二月二九日を経過するも同委員会の裁決がないことが明らかであるから、行政事件訴訟法第八条第二項第一号により本案訴訟(当庁昭和四〇年(行ウ)第三号免職処分取消請求事件)は現に適法なものと解すべく、被申請人の右主張は理由がない。

二、申請人らにつき本件懲戒処分がなされたこと及びその当時における申請人らの地位については当事者間に争いない。よつて右懲戒処分の効力を停止すべき緊急の必要性の存否につき検討する。

本件懲戒処分が、申請人主張のように違法のものであつて取消されるべきものである場合に、その受ける損害は俸給を得ることによる利益を失うこと及び学問研究の途を閉されることにあることは申請人らの主張から明らかである。しかしながら俸給を得ることによる利益の喪失は特段の事情がないかぎり、結局は金銭によつてその損害を賠償し得るものであるから、それだけでは回復困難な損害が生ずる場合とは云えないものと解すべきである。これを申請人ら各々について見ると、

(一)  申請人近藤については、同人の審訊の結果と疎甲第四五号証の一によれば、同人は本件懲戒処分当時都留文科大学から月額四万三四六〇円の俸給を受けており、家族三人(母、弟、妹)をかかえ、もつぱら申請人の俸給で生計を立てているものであるが、同大学の他に山梨大学学芸学部非常勤講師及びNHK甲府放送合唱団の指揮者をしているため、わずかながら月一万円程度の副収入があり、本件懲戒処分によつて必然的にこれらの職をも失うものと認められる疎明はなく、またその専攻科目、経歴、社会的地位等から判断して、本案判決に至るまでの間臨時に他から収入を得るなどして一家の生計を維持し得ないほどの窮況に陥るものとは認められない。更に同人の審訊の結果によると同人は同大学において音楽の講義を担当する一方、イギリスのバロツク音楽の研究、小学校における音楽教育に関する研究を継続してきたものであることが認められ、本件懲戒処分の結果その学問研究に不便を生じていることは明らかであるが、本案判決を待つていては回復が困難となる程の切迫した事情を認め得る疎明はない。その他本件の全疎明によつても回復困難な損害が生ずべき特段の事情を認めるに足りない。

(二)  申請人一木については、同人の審訊の結果と疎甲第四〇号証の一ないし七、八の(イ)(ロ)によれば、俸給の支給停止による損害については申請人近藤について述べたと同様であるが、申請人一木は都留文科大学において体育理論及び体育実技の授業を担当するかたわら、昭和三二年ごろより高地における体力医学的研究に従つて来たものであるところ、昭和四〇年四月右研究により文部省科学研究費補助金の交付を認められ同年八月、一三万五〇〇〇円の交付を受けて実験器材等を購入し、研究を継続してきたが、右研究は同大学の位置より最も有利な富士山を実験場として利用し、かつ同大学の実験施設の利用、学生の協力が不可欠のものであること、同申請人は右研究につき遅くとも昭和四一年四月一〇日までに文部大臣に対し研究の実績を報告しなければならないものであるところ、本件懲戒処分の効力を現在の時点において一時停止しておかないと、右研究の続行ならびに右の実績報告も不可能に陥り、同人の学者としての将来にも影響を及ぼすおそれもあり、研究上の損失も大であることが一応疎明される。右の事情によれば、同申請人については、本案判決を待つては回復困難な損害を生じ、これを避けるため緊急の必要性があるものと認められる。

(三)  申請人松永については、同人の審訊の結果と疎甲第四五号証の三によれば、同人は都留文科大学において日本史学及び歴史学を担当し、本件懲戒処分当時同大学から月額三万六三六〇円の俸給を受けていたが、家族三名(妻とその母、娘)は山口県阿知須町所在の妻の実家に居住しており、しかも妻は山口県所在の高等学校に勤務して月額約三万円の俸給を得ていること、他方同申請人は東京教育大学大学院博士課程を修了(形式的には退学)し、現在博士論文を作成すべく研究を継続中であり、懲戒処分により本案の勝訴判決確定まで都留文科大学の資料を十分に利用できないうらみはあるがそれだけではその研究の継続が不可能であるとまでは断定はできない。右の事実によれば、同人につき本件懲戒処分の効力が維持された場合、本案判決に至るまでの間に回復困難な損害を生ずるものとは認められず、他にこれを肯認するに足りる疎明もない。

以上のとおりであるから、申請人近藤、同松永については回復困難な損害を避けるため緊急の必要性があるとは認められないので、その余の点につき判断するまでもなく同人らの申請は理由がないこととなる。

三、そこで申請人一木について効力停止の要件である緊急の必要性が存することは一応疎明されたが、行政事件訴訟法第二五条によればかかる場合でも公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき、又は本案について理由がないと見えるときは、効力停止はすることができないことになつているのでこの点について判断するに、まず同申請人について免職処分の効力を停止することにより公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることについてはなんらの疎明はなく、また本案についても証拠調べの進行していない現在の段階において本件の全疎明を検討した範囲では、本案が理由がないとみえる場合に該当するとまでは断定することはできない状況にある。

よつて申請人一木については本件申請は理由があるからこれを認容し、申請人近藤、松永については理由なしとしてこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第九三条第一項本文、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 小河八十次 藪田康雄 原健三郎)

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